2017年11月1日水曜日

17/11/01 【チラシの裏】オンゲーのコミュニティでもめごと


こんばんは。

ちょっと僕がリーダーをしているオンゲーのコミュニティでもめごとがありました。


画像だけだとわからないので、ざっくり書くと

・Aさんが友達を誘いたかった
・でもメンバーの枠の空きがなかった
・Aさんが適当に選んだメンバーを強制的に追放した。そうやって枠を確保しようとした
・それを見た他のメンバーが抗議したのと、Aさんが自分勝手ということもあって、結果的に僕がAさんを追放した。

というような一連です。

うちのコミュニティは3週間やってなかったら脱退なので、今回追放されてしまったメンバーはまだ現役のメンバーなのですね。いきなり知らない他のメンバーから追放されてびっくりしたと思います。
追放できる権限をAさんに与えてしまっているというところが、問題は問題なのですが、コミュニティの活性化の目的や管理とゲーム特性もあって、与えてしまっていたというのもありました。


Aさんにもうちょっと他の人のことも考えてもらいたいと思うのは、それはそれで本音なのですが、以前も同じようなことがあったので、少し派生して違うことも考えてみたのです。


■ 自分が"それ"をどう認知するかで価値観は決まる

Aさんが今回追放してしまった被害者のメンバーが実際にいるわけですが、被害者もちゃんとどこかで生きていて、楽しくゲームをプレイしているとしっていたり、認知していたら、今回のようなことはしなかったと思うのですね。メンバー枠にあきがなければ、空くまで待つとか、友達とどうしてもやりたければ、別のコミュニティを探すとかも方法としてあったと思います。

僕もそうですが、人間は眼に見えるもの、手に触れられるもの、自分に関係するものじゃないと本当の意味での実感ってわかないんですよね。遠くの外国で人がたくさん死んだといっても、大変だとかは思いますけど、正直僕も泣いたりわめいたりはしないです。
イエローモンキーのJAMって曲の中で、ニュースで乗客に日本人はいませんでした!っていう内容をいれてる箇所がありますけど、興味っていうのは何が起きたかもそうですけど、自分に関係あるかどうかなんですよね。

PSYCHO-PASSってアニメの第二期で、一般人がゲーム感覚で敵キャラクターを追いかけて撃つシーンがあるんですけど、実際には生の人間でそれに映像が切り替わった瞬間にショックを受けるというシーンがあります。

これと同じ話で、実体と違うものを何かで一枚はさんだり、オブラートにつつむと人間は実感を見失うんですよね。オンゲーもキャラクターというアバターがいて、最初はそれが偶像だとわかっていても、毎日それになれてあたかもアバターが実像に錯覚してくると、その奥にいる実際の人間という実感が薄れます。だから、暴言も平気ではくし、適当なことができたりする面もあると思います。



■ ノブレス・オブリージュの精神

フランス語にノブレス・オブリージュという言葉があります。すんごい簡単にいうと、権力や財産がある人はそれに見合った義務や責任がありますよって意味です。

他人を追放したり招待できる権利があるってことは、それをどう使うか考えなければならない義務があるということです。

僕自身ができていないので、耳が痛いところはあるのですが
20代は自分のために時間とお金を使うでもいいけど、30代になったらそれだけでなく、周りに何ができるかもかんがえなえればいけないよっていうのも、これに近い考え方があると思ってます。
結婚したら奥さんもいる、子供もいる、家族を守ることを考えなくてはいけない。
自分の親は老いていくのを受け止めて自分ができることをしてあげなくてはいけない、不運な友達を助けるなど、そういうのができて一人前というものです。

権利やそれに近いものをえたら、それをただ適当にふりまわすのじゃなく、何ができるかと、何のために使うかも考えないといけないのですよね。それを間違えると、痛い目をくいます。



■ とはいいつつも

前述みたいなことは思いつつも、友達と一緒にやりたければ、関係ない他人を叩き落とすぐらいの勢いや毒っ気も必要な時代なのかなとも少し思いました。

いい歳になって思うのは、どんな小さなコミュニティのローカルルールの類も、結局長くそこにいる人に有利なように作られてるものです。
みんな好きなことができて楽しいコミュニティ!なんていっても、実体は他人なんかどうでもよくサバサバしてバラバラな男社会のところもありますし、メンバーで仲良く色々イベントやります!ってコミュニティであっても、変なこだわりやお局様からのありがたい価値観の強制があって宗教じみたところもありますし、どっちもどっちですからね。

今回は結局他人を踏みだいにして、追放してくれたという事態になったので、でていってもらいましたが、多様な価値観を認めるという意味とか、互いに時間を調整して話し合いの場がもてるような土壌があったらもうちょっと歩み寄れる部分はあったようなきもします。


■ よかれ

全体像が見えていれば、あるところは良くてもあるところがダメであれば、それは全体最適にならず部分最適になっちゃうからよくない。他人を不幸にして身内を幸せにしているのでよくない。。と言えますが、目の前の友達しか見えてなければそうなっちゃったのかもしれません。

良かれと思ってとか、善意とかは多くの場合はそのとおりになるからいいのですが、ときたま違うこともあります。違うかどうかも分からないことも多いですが。

少し横にそれますが、こうみえて、僕、むかしは結構募金とかしてたほうなのですが、あるときからまったくしなくなりました。

発展途上国への募金活動とかの中には、イベントサークル的なただの飲み会が主目的でちょっとだけ募金にまわすみたいなのもあれば、しっかりとした組織で集金して、国や半官半民やNPOみたいなところを通じて届けるところもあります。
前者は半分遊びみたいなところがあるので、クエスチョンがつくかもしれないですが、後者は多くの人が疑問を持たないのではないでしょうか。ただ、どっちも結構実態は難しいとききます。

日本に住んでいると、物はちゃんと届くとか、民主主義とか色々慣れきってますが、すべての国がそういうわけではないです。日本だと落し物をかっぱらったら罪になりますが、落し物は拾ったら神さまからの授かりものみたいに考える国だってあるわけです。

寄付金を送るといっても、政府や村の為政者が善意の人とは限らず、どんなことに使われるかなんてまったくわからんのです。下手すると為政者の私腹を肥やすだけです。
んじゃあどうすればいいかっていうと、知ってることを書くと長くなりすぎるので、このぐらいにしときますが、よかれとおもってやっても、本当にそのとおりにいくかは世の中わからんってことだけはいつも気にするようにしてます。


■ そうはいうても

そうはいうても、割れ窓理論という考え方がありますから、変にとんがった考え方や振る舞いをそのままにすると、他の人まで真似はじめたらさすがにリーダーとしてはまいってしまいます。
オンゲーでもよくありますが、他人の悪口とか運営の悪口が日常的に展開されるコミュニティだと、どんどんそれが激しくなって、それにつかれたメンバーが少しずつ減っていき、結局は誰ものこらなくなるという最悪の悪循環がありますので・・・。




■ 結論




 「助手G:なかよくしーよー」




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